大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)752号 判決 1969年7月11日

上告人

吉田資治

外六名

代理人

青柳盛雄

被上告人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人青柳盛雄の上告理由第一点について。

外国旅行の自由は、憲法二二条の保障するところであるが、その自由は、公共の福祉のために合理的な制限に服するものであり、旅券発給の制限を定めた旅券法一三条一項五号の規定が、外国旅行の自由に対し公共の福祉のために合理的な制限を定めたものであつて、憲法二二条に違反しないことは、当裁判所の判例とするところである(当裁判所大法廷判決昭和二九年(オ)第八九八号、同三三年九月一〇日民集一二巻一三号一九六九頁、同第三小法廷判決昭和三五年(あ)第七三五号、同三七年九月一八日刑集一六巻九号一三八六頁)。また右判例の趣旨に照せば、右の規定が憲法一三条の精神に反するものといえないことも明らかである。

所論違憲の主張は、採用できない。

同第二点について。

旅券法一三条一項五号の旅券発給拒否事由には、旅券の発給を受けようとする者の渡航自体により著しくかつ直接に日本国の利益または公安を害するおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある場合を包含するものと解するのが相当である。けだし、渡航後の行為により日本国の利益または公安を害するおそれのある者につき旅券の発給を拒否しうるものとする以上、渡航自体により日本国の利益または公安を害するおそれのある場合に旅券発給を拒否し得るものと解すべきことは当然だからである。そして、渡航自体により著しくかつ直接に日本国の利益または公安を害するおそれがあると認めるに足りる相当の理由があるかどうかについては、申請者の地位、経歴、人がら、旅行の目的等所論にいう主観的条件のほか、国際情勢その他客観的事実をも考慮して判断すべきことは、論をまたないところである。原判決が本件旅券発給拒否処分の当否を判断するにつき当時の国際情勢その他の客観的事実をしんしやくしたことは、まことに正当であつて、原判決には、所論のような違法はなく、所論は採用しがたい。

同第三点ないし第五点について。

所論は、わが国の安全保障に関する独自の見解に立つて日米安全保障条約およびこれを締結した外交方針の違憲を主張するが、同条約が違憲であるといえないことは、当裁判所の判例とするところであつて(当裁判所大法廷判決昭和三四年(あ)第七一〇号、昭和三四年一二月一六日刑集一三巻一三号三二三四頁)、同条約を締結した外交方針も、これをもつて違憲ということはできないから、この点に関する所論は採用の限りでない。

ところで、外務大臣が旅券法一三条一項五号の規定により、旅券発給拒否処分をした場合において、裁判所は、その処分当時の旅券発給申請者の地位、経歴、人がら、その旅行の目的、渡航先である国の情勢、および外交方針、外務大臣の認定判断の過程、その他これに関するすべての事実をしんしやくしたうえで、外務大臣の右処分が同号の規定により外務大臣に与えられた権限をその法規の目的に従つて適法に行使したかどうかを判断すべきものであつて、その判断は、ただ単に右処分が外務大臣の恣意によるかどうか、その判断の前提とされた事実の認識について明白な誤りがあるかどうか、または、その結論にいたる推理に著しい不合理があるかどうかなどに限定されるものではないというべきである。

しかし、原判決が、適法に確定した事実関係、とくに当時の動乱未だおさまらない厳しい国際情勢、わが国および自由主義国家群と中華人民共和国を含む共産主義諸国との対立関係、わが国の外交方針などに照らすと、当時の外務大臣が上告人らを含む本件旅券の発給の申請に対し旅券法一三条一項五号に該当するものとして、その旅券の発給を拒否した処分は、結局、正当であると認めるのが相当であり、本件拒否処分を違法ということはできない。

原判決の説示中には、右判示と異なるものがないといえないが、本件旅券発給拒否処分を適法と判断した結論は、結局において相当である。

それゆえ、憲法八一条違反をいう部分の所論は前提を欠くこととなり、所論は採用しがたい。

同第六点について。

原判決は、本件拒否処分につき外務大臣の判断にかしがあつたとしても国家賠償法一条一項にいう故意過失はない旨を判示したにとどまるものであつて、その判断の当否は判決の結果に影響を及ぼすものでない。この点の所論も採用することはできない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官色川幸太郎の上告理由第一点についての補足意見及び同第三点ないし第六点についての反対意見があるほか、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

裁判官色川幸太郎の補足意見及び反対意見は次のとおりである。

上告理由第一点について。

一、旅券法一三条一項五号が違憲の規定でないとする多数意見の結論そのものには私も賛成であるが、理由についてはなお論ずべき要があると考える。多教意見の引用する昭和三三年九月一〇日の当裁判所大法廷判決によれば、外国への一時的な旅行は憲法二二条二項の外国移住の自由に含まれるものであるところ、その自由も公共の福祉のために合理的な制限に服するものであるから旅券法の当該規定はその意味で違憲ではないというのである。多数意見は、旅券法の当該法条が憲法二二条に違反しないと判示するにとどまり、海外旅行の自由は、同条一項にもとづくものか、それとも同条二項にもとづくものかを明らかにしていないのであるが、私は以下述べるとおり、一項にもとづくと解するものである。

二、憲法二二条二項は、二項は、日本国民が自己の意思により、永久に、もしくは少くともかなりの期間永続して、日本国の主権から事実上半ば離脱(外国への移住)し、又は事実上も法律上も離脱(国籍離脱)する自由を規定したものであるから、日本国の主権による保護を期待しかつ享受(旅券の発給を求める趣旨は元来この点にあつたのである。)しつつ一時的に移動するにすぎない海外旅行を前示のような性質を有する外国への移住と同一視することは許されないであろう。「移住」は外国の一定地点に定着することが予定されているのであるから、移動を常とする旅行を「移住」という概念に包含せしめることは、文理上甚だ無理であるのみならず、実質に即して考察するならば、その相違はいよいよ明らかであると信ずる。

三、国籍を離脱する自由は、個人の幸福追求のための、いわば天賦にも似た自然権的な自由(国籍を離脱するには届出を以て足り許可を必要としないこともこれを裏書する。)である。また、外国へ移住することは、日本国の主権による保護を受ける状態をなお存続せしめている点において国籍の離脱とは異なるものがあり、移住するための目的ではあつても、出国の際にはもとより旅券法の適用下にあるわけであるが、しかし、一旦海外に渡航したのちならば、自分の欲するところにしたがい適宜の場所に永く居住することは全く自由であつて、日本国の行政官憲による拘束を受ける筋合ではない。そうであればこそ、同条二項には、同条一項に見られる如き「公共の福祉に反しない限り」という限定がないのであつて、右の自由に本来内在するところの制約(これは憲法一三条にいう公共の福祉によるすべての人権の制約原理であろう。)は免れ得ないとしても、政策的な見地から外国への移住又は国籍離脱の自由を制約することは許さるべきではないのである。

四、これに反して海外旅行は、憲法二二条一項にいう「移転」の一種であつて、国内における移転とは、国境を越える点においてのみ差があるにすぎない。説をなす者は、同条一項は国内における居住移転の自由を、同条二項は外国への、もしくは外国における居住等の自由をそれぞれ書きわけたものだというのであるが、これはあまりにも機械的形式的な解釈であつて事の本質を無視したものというべきであろう。ところで移転の自由は、例えば国籍離脱の自由などとは異なり、共同社会における公共の利益と少なからざるかかわりがあり、かつ、他人の人権とあい接触し、あい交錯することが多いのであるから、社会全体の福祉のためには、治安政策、経済政策又は外交政策などの面からする制限も、合理的な範囲内にとどまる以上、やむを得ないものとして是認されなければならない。同条項に「公共の福祉に反しない限り」と特に規定されているのは正にその趣旨であり、これを単なる修飾語と解すべきではない。旅券法一三条一項五号は右の規定にもとづき、海外旅行について、或いは公安維持のために、或いは国際関係における日本国の利益擁護その他のために、必要最小限な制約を加えることのあるべきことを定めたものであつて、解釈、適用が適正かつ合理的である限り、憲法二二条に違反せず、また憲法一三条の精神にも背反することがないのである。

同第三点ないし第六点について。

一、外務大臣が、本件旅券発給を拒否したのは、上告人らの申請にかかる中華人民共和国への渡航自体が、著しくかつ直接に日本国の利益を害する虞(公安を害する虞があつたということは被上告人の主張しないところであるから以下これには言及しない。)があると認めるに足りる相当の理由があるとしたが故である。外務大臣のこの判断が、旅券法一三条一項五号の法意に照して是認できるものであるか否かが正に本件の核心でなければならない。ところで原判決はこの点について「外務大臣が恣意にもとづいて旅券発給を拒否した場合は格別、その専門的意見にもとづいてこれをしている以上、判断の前提とされた事実の認識について明白な誤りも認められず、また、その結論にいたる推理の過程において著しい不合理もないかぎり、裁判所としては、その判断を尊重すべきであり、外務大臣がその責任においてした行政権限の行使に立入つた干渉を加えるべきものではない」との前提に立ち、本件においては、外務大臣に恣意があつたとする何らの証拠もなくまた事実の認識と推理の過程にも誤りがあるとはうかがわれないから、拒否処分は違法でないと判示している。原判決の説示するところは多岐にわたるのであるが、要するに、前示法条の規定する事項が政策的でかつ専門的な要素を多分に含むが故に、その点に着目して司法審査に親しまないものとし、むしろ行政庁の自由な裁量に一任することを適当としたものであろう。しかし裁判所が結局において判断を回避することになるかくの如き解釈態度は果して是認できるであろうか。いうまでもなく海外旅行の自由は憲法の保障する基本的人権なのである。この権利を制限しもしくは剥奪することが行政庁の自由裁量に属し、著しい裁量の逸脱がない限り裁判所による審査に服さないとするのは、行政機関による基本的人権の侵害から国民を守ろうとする司法の保障機能を、その面において有名無実に帰せしめるものではなかろうか。

二、もつとも私といえども、右法条に盛られた要件のすべてが司法審査の対象たるべきものだと主張するわけではない。旅券法一三条一項五号にいう「日本国の利益」とは本件においては外交上の国益を意味するわけであるが、いかなる外交上の政策を以て日本国の利益とするかの判断は、政府と国会の責任においてなさるべき高度の政治性を帯有するものであつて、その当否は、終局的には主権者たる国民によつて審判されるべきものであろう。本件の旅券発給拒否処分がなされた当時においては、原判決の認定したところによれば、「わが国は、サンフランシスコ講和条約の調印以来、いわゆる自由主義陣営の一員として米英その他の自由主義諸国と緊密な協力関係を結びそれとの友交親善を促進するとともに、国の安全については米国の軍事力に頼ることを国の方針とし」これと安全保障条約を結んだが、この外交方針は国会の決定にもとづくものであり、一方「中国を含むいわゆる共産主義諸国との間には講和条的を締結するにいたらず形式的には戦争状態がそのまま続いていた」のであつて、かかる国策については、それが明白に憲法違反をおかしているものでない以上裁判所としてはこれに介入することなく、確定した与件として受容し、その前提に立つて審理判断をなすのみである。

三、しかしながら、司法審査が及ばないのは右の範囲に限られるのである。上告人らの当時における中華人民共和国への渡航が、著しくかつ直接に、日本国の利益を害する高度の蓋然性を有するものであつたか否かは、正に裁判所の判断事項であつて、断じて、外務大臣の自由な裁量に一任されるべきものではない。なるほど場合により、確立された外交方針に当該渡航がいかなる影響を及ぼすかという点の判断については、国際関係に関する専門的な知識と、時としては、外交上の機密に属する資料等に依拠してはじめて正鵠を得ることもあるかも知れない(もつとも本件におては記録を通覧しても這般の事情をうかがうことはできないのである。)。もしそうであるならば、裁判所は、事実上、外務大臣の見解を尊重することになると思われる。しかしその場合でも無批判、無条件に受けいれられなければならならいものではない。裁判所の判断のための、重要ではあるが一つの資料にしかすぎないのである。いわんや渡航そのものが惹起する国策への悪影響が、法の要求するごとくしかく顕著でありかつ直接であるかどうか、そしてまた、それを肯定するに足りるだけの高度の蓋法性があるかどうかについては、外務大臣の意見いかんにかかわらず、裁判所は証拠にもとづき、独自の立場で、厳正に審理判断をなすべき職責を有するものと解すべきである。

四、ところで原判決は、上告人らの渡航が旅券法一三条一項五号に該当するかどうかの問題について、外務大臣には恣意があつたとは認められないし、判断の前提にも誤認がなく、推理の過程にも不合理がないとして、結局、外務大臣の判断を尊重、是認しているのであるから、前示の如く、外務大臣に広汎な自由裁量を認めたものにほかならない。そうである以上原判決は法律の解釈を誤つた違法があるとのそしりを免れないであろう。

なお、原判決は、本件渡航が著しくかつ直接に日本国の利益を害するおそれがあるとの理由にもとづく本件発給拒否処分を、全面的に肯定しているのであるが、かくの如き判断の基礎となる事実関係については、本件記録によれば、十分な審理がなされたものとはいい難いものがあるのである。原判決は、外務大臣の右の判断に仮にかしがあつたとしても、恣意に出でず、専門的知識にもとづきその責任でなされたものである以上、国家賠償法一条一項にいう故意または過失があるとはいえないとしているのであるけれども、故意についてはともかく、過失の有無については、前述の諸点について審理をつくさない限り、これが存否を判断することはとうていでき得べくもないことなのである。要するに原判決には法律の解釈の誤まり及び審理不尽の違法があるのでこれを破棄し本件を原裁判所に差し戻すべきものと思料する。(石田和外 草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)

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